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想い


「わかっていてもできない」のループ
子どもが学校へ行けなくなったとき、 ネットで調べる、 本を読む、 アドバイスをもらう。 よしっ! って実践しようと意気込むものの、 実際は思うようにはいかないことばかり。 頭ではわかってたつもりなのに また言ってしまった… そして、うまくできない自分を責めてしまう。 そんなことの繰り返しでした。 「何で?」と聞いてしまう。 「早く!ママも仕事なのに時間ないよ」と言ってしまう。 「勉強だけでもしておこう」 「フリースクールに行ってみたら?」 「相談に行こう」 「病院に行こう」 本人の気持ちを見れず わたしが焦って自分の気持ちだけで言ってしまう。 出口が何も見えない状態で、 どうしたらいいかわからず、 出てしまった言葉に後悔して自分を責める。 そんなよくないループに陥っていました。 でも、そこには必死な自分がいたんですよね。 孤独とも戦いながら、 不安や焦りを一人で抱えていっぱいいっぱいな毎日でした。 今振り返ってみると、 「よく頑張ってたよ。必死だったよね」 って自分に声をかけてあげられるかもしれない。 あのとき、もっと早い段階で誰かにそんなふうに
5月10日読了時間: 2分


「大丈夫」の葛藤
親の会のとき、子どもさんの相談をうけたとき、 目の前の人に、 「大丈夫」 という言葉をかけることに躊躇いがある自分がいます。 子どもの「大丈夫」って何だろう? 学校へ行けなくても大丈夫。 将来はなんとかなるから大丈夫。 自分自身も子どもの将来が不安で悩んでいたときは、 その言葉が欲しかったんだろうと思います。 でも、それと同時に大丈夫と思える「根拠」も欲しいと感じていました。 その「根拠」を探すために、 いろんなところへ行っていたように思います。 親の会、経験者の話を聴く、不登校のイベント、 さらには自分の心を整えるための勉強会。 そうしていくうちに。 少しずつ。 本当に少しずつ。 子どものことを、 「大丈夫」と思える瞬間が増えていった気がします。 それと同時に、 子どもたちにも、 ふと振り返ったときに「成長」を感じることがあったり。 でも、それって自分自身にも子どもたちの成長を感じられる気持ちの余裕や 見ようとする心構えができていったからだとも思います。 そうやって、わたしは自分の中での 「大丈夫」が作られていきました。 「大丈夫」の基準って人
5月10日読了時間: 2分
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